神谷忠孝の方へ
神谷忠孝氏(北海道文化賞受賞者)の横顔
北海道労働文化協会会長で、公益財団法人北海道文学館名誉理事長の神谷忠孝さんが二〇一六年度の北海道文化賞に輝いた。永年にわたる北海道文学の研究と運動体としての「北海道文学館」での活動が認められてのことである。神谷さんは二〇一四年に第六十八回北海道新聞文化賞を受賞しており、官・民双方からの顕彰となり、関係者の一人としてこの上ない喜びである。
神谷先生(ここから敬称を「先生」に統一する)の専門は近代文学研究である。中心は日本浪漫派を軸とした昭和文学である。早くに「亀井勝一郎論」で注目され、続いて「横光利一論」「保田與重郎論」、さらには高橋新吉や吉行エイスケなどのダダイズムへと研究の幅を広げ、新世代の研究家として頭角をあらわした。6年ほど、東京の中央大学で指導に当たるが、北大に戻って以来今日まで、北海道文学という分野の可能性にも目を向けたのが最大の功績であろう。寒川光太郎、有島武郎、早川三代治、三浦綾子などの専門的考察に加え、『北海道文学大事典』『北海道文学大事典補遺』に結実する北の大地の文学者たちの営みを記録、北海道立文学館では多くの本道ゆかりの作家の展覧会実現を主導した。「北海道文学の研究を通じ、辺境だから見えてくるものがあると感じる」と北海道新聞によるインタビューに答えているが、北海道文学をローカリズムで捉えるだけではなく、社会文学や植民地文学などの視点で豊富化していくクオリティーを担保している。
たとえば、三浦綾子の『氷点』と言えば、人間の原罪を凝視した文学というキリスト教的捉え方が一般的であろう。だが、神谷先生は道立文学館での講演で新しい視点として、主人公陽子と母親夏枝の関係の中に、戦後文学の隠されたモチーフである日本とアメリカの関係と重なるものがあることを指摘し、大江健三郎や三島由紀夫らの同時代文学と比べても劣らない作品であることを述べられたこともあった。
神谷先生は帯広三条高校、北海道大学の出身であるが、高校時代は山岳部、大学時代はラグビー青年であったと聞く。運動で鍛えられた体力で、奥深い本の世界を縦横無尽に渉猟する一方、実際に文学散歩でも先頭で歩きまわった。学生を連れて東京に行ったとき、神谷先生が学生を置いてけぼりにしてしまった。大騒ぎになるところだったが、予め集合場所を決めていたため事なきを得た。その場所は浅草の「神谷バー」。名物の電気ブランでの楽しい慰労会となった。お酒のエピソードでは、三十年以上前、まだハーフアンドハーフなど知られていない頃、先生は狸小路のライオンで生を半分空けた後黒生を注文し手製のハーフアンドハーフを作ったという話もある。酒とくると、食べることも、カラオケも大好き。演歌が十八番であるが、学生諸君にはアカペラの相撲甚句を送ることも。
劇場・映画館には神出鬼没、自ら地元の演劇賞までつくってしまうほど。貸し農園で野菜づくりに励み、野山では野鳥を探し、渓流に棹さし、山菜採りにいそしむタフネスぶりで知られる。あるとき、知人の車が交通違反で止められてしまった。同乗していた神谷先生は交渉が長くなると思ったのか、おもむろにビニール袋を出して茂みに入って山菜採りを始めたという。マイペースな趣味人の面目躍如である。
インドネシアや中国でも教壇に立った国際派でもある。留学生の指導には率先して当たったこともあって、女子学生には人気がある。語弊があるといけないので付け加えると、権威にあぐらをかくのではなく、後進というか若い学徒を育てるのが好きなのだ。
学識に加えて人柄がよく交流の幅も広い。「北海道新聞野生生物基金」助成審査委員長や「さっぽろ啄木を愛する会」会長などを務めている。傘寿を迎える2017年、この文化賞受賞で神谷先生の広げる傘がさらに大きくなって、私たちを指導し励ましてくれることだろうと思う。
神谷忠孝(かみや・ただたか) 一九三七年(昭和十二年)六月五日、帯広市生まれ。帯広三条高校から北海道大学文学部国文科に進む。北大大学院博士課程を中退し、六七年帯広大谷短期大学講師。七〇年中央大学講師、のち助教授。七六年北海道大学助教授、のち教授。八〇年インドネシア大学客員教授。八八年中国・北京外語学院で客員教授。二〇〇一年北海道大学を定年退官、名誉教授。一一年「神谷演劇賞」設立(厚別地区からの演劇文化の発信・活性化を目的に、自費で賞金を提供して設立)。一三年「さっぽろ啄木を愛する会」会長。現在北海道文教大学外国語学部教授。公益財団法人北海道文学館・顧問、名誉理事長。日本近代文学会、横光利一文学会、日本社会文学会、植民地文化学会、昭和文学会、中原中也研究会、日本文藝家協会など所属。 単著に『横光利一論』(双文社)『保田與重郎論』(雁書館)『鑑賞日本現代文学「坂口安吾」』(角川書店)『日本のダダ』(響文社)『葛西善蔵論〈雪をんなの美学〉』(響文社)『吉行エイスケと吉行淳之介』(斜塔出版)『北からの発信』(私家版)ほか。
(「北海道労働文化協会」の会報のために執筆、2016年11月)