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北海道文学を中心にした文学についての研究や批評、コラム、資料及び各種雑録を掲載しています

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シネマミーハーらくがき帳 1999〜2003
 なんというか、映画に嵌まっていた頃があり、雑文を書きまくっていた。

 シネマ・グラフィティ・ノート 2000年 その3  

*29<242>「蛇女」
清水篤監督。佐伯日菜子。夏生ゆうな。石橋保。諏訪太郎。大川浩樹。
 モデルの平野文が出合う不思議な体験。ある時、仕事先で皮膚の老化防止を研究している科学者の一樹と一緒になる。誘われて彼の家を訪ねるが、あやしい気配を感じるのだった。そして、再び訪ねた家には「妹」という謎の女がいた。一樹に惹かれながらも、次々起きる奇怪な現象に心が揺れるのであった。そして、真実を知ろうと最後の決着をつけようとするが。
 怖いです。一種の都市の伝説みたいなものです。なんせ蛇女ですから。基本的にはネタバレです。怖い怖いといって楽しむのがいいのでしょう。
 冒頭のシーンを見ただけで、最後の運命もわかってしまいます。佐伯日菜子さん。実物が超カッコイイです。映画もいいですが。監督は「ウルトラQ」系の出身。こちらもなかなか、いい男です。

*30<243>「ゴッドandモンスター」
ビル・コンドン監督・脚本。イアン・マッケラン。ブレンダン・フレイザー。リン・レッドグレイブ。
 名作「フランケンシュタインの花嫁」の監督でありながら、謎の引退をした伝説のジェームズ・ホエール。発作を起こし、死を身近に迎えつつある老人の最後の輝きに迫る。
 主演はなにしろイアン・マッケランさん。まさに男色家の役を本物が演じてしまうところが凄い。相手方の元海兵隊員の庭師にはブレンダン・フレイザー。こちらは「ハムナプトラ」のマッチョマン。絵のモデルを依頼される。
 でもマッケランが言う。「君はオレの好みじゃない」。確かに、こうしたアホくさい顔はインテリジェンスいっぱいのゲイとは無縁だよなあ。主人公は貧しかった少年時代や映画監督時代を思い出しては錯乱する。
 ちょっとホモセクシャルな挑発が多すぎて困ります。 正直いって疲れました。

*31<244>「中華英雄」
アンドリュー・ラウ監督。イーキン・チェン。ニコラス・ツエー。スー・チー。クリスティ・ヨン。
 両親の仇を討ったものの殺人犯にされ米国に渡った青年、華英雄。しかし、待ち受けていたのは中国人を奴隷同然に扱う過酷な労働だった。そこを逃げ出した彼は「孤独の星」の元に生まれたことを知り、姿を消すのだった。
 凄いです。基本的にはカンフー・アクション映画。敵役には日本忍者もどきが登場。壮絶な水芸のマトリックス的な対決シーンもあります。そして自由の女神上でのクライマックス。これでもかこれでもかというサービス精神いっぱいの作品。
 香港映画のやる気を感じさせてくれます。ちょっと大河ドラマ風の一代記的な語りがしつこいのが気になりますが、堪能できます。

*32<245>「GO!GO!L.A.」
ミカ・カウリスマキ監督。ジュリー・デルビー。デイヴィッド・テナント。ヴィンセント・ギャロ。ヴァネッサ・ショウ。
 スコットランドで葬儀屋をしている青年リチャードは旅の女性に一目惚れ。彼女はロサンゼルスから来た女優の卵バーバラだった。そこで、すべてをなげうってL.A.へ。
 作家と名乗ったものの、死亡記事を書いているだけ。幻の作品「湿った自殺」(?)を持っているだけ。2人はプールの掃除人(ヴィンセント・ギャロ)に助けられ、結婚する。
 しかし、なかなか芽のでない2人には、さまざまな人間関係がからみトラブルが絶えない。だが、落ちるところまで落ちた青年には逆転の一発が待っていた。
 面白い映画です。ハリウッド周辺にいる人間の生態をシニカルに描いています。もちろんジョニー・デップまで本人の役で登場します。そしてヴィンセント・ギャロが「虚飾の世界」を存在感たっぷりに撃ちます。
 プライバシーまで商売にしてしまう映画業界って。 きっとビョーキです。

*33<246>「ホーク」
ブルース・ロー監督。沢田謙也。三船史郎。三船力也。チャン・チーラム。スー・チー。テレサ・リー。高嶋政伸。
 カルト宗教団体の最高指導者が香港で拘束されていた。その身柄を巡って、テロリスト化した宗教団体と香港警察そして一匹狼の日本の捜査官との壮絶な戦いが繰り広げられる。
 舞台はテレビ局に移り、ギリギリの攻防が続く。
 率直に言います。これは明らかにかのオウム真理教のテロリズムを題材にしています。その彼らもどきが香港で化学物質を作り、香港を潰そうとします。日本人テロリストたちは徹底的に残虐で非道です。そのせいか日本公開には手間取っているとか。
 香港スタッフによる日本人キャスト映画。日本人が作ったら、こんなに歯切れよくいかなかったと思うほど、面白い作品です。

*34<247>「13F」
ジョゼフ・ラスナック監督。クレイグ・ビアーコ。グレッチェン・モル。アーミン・ミュラー・スタール。
 製作は「インデペンデンスセイ」「ゴジラ」のローランド・エメリッヒ組です。
 ダグラス・ホールはボスのフラーとともに、ロスのビルの13階でコンピュータによる仮想体験ソフトを開発していた。だが、ある日、ボスは何者かに殺されてしまい、彼は重要容疑者にされる。
 実験では1937年のロスが仮想世界で作られていたので、彼は自らそこに移動する。だが、その実在の世界と仮想世界の間には怪しげな双方向性があった。そしてボスの娘を称する謎の女性が現れては消える。調べていくうちに、この世には果てがあることもわかった。そのことを知った彼もまた何者かに狙われ始めるのだった。
 なかなかスリリングな、そしてとても良くできたSFという気がします。コンピュータゲームの登場人物たちが自らの運命に気づいたら? そんな想像力がとっても魅力的です。
 現代をシミュラークルの時代と考えれば、この発想は現代を撃つものでもあります。私って誰? それは幻−。そう言っているような感じがします。とてもいい作品です。


*35<248>「スパイシー・ラブスープ」
チャン・ヤン監督。リュイ・リーピン。プー・ツンシン。シュイ・ファン。シャオ・ピン。
 中国インディーズ映画だそう。韓国の「シュリ」が評判ですが、こちらも捨てがたい。
 高校生?の初恋、熟年の再婚、倦怠夫婦の玩具狂い、そして両親の離婚を阻もうとする少年、トレンディな2人の出会い。5組の愛情の揺れをオムニバスで描く。
 シンプルな物語ですが、結構、いいです。でも。中国って、もう西欧ですね、って感じで都市化してしまっています。しかも政治的な臭いが全くない、妙な透明感があります。中流気分がみなぎっています。これは嫌いだ。こんな作り方は結局、中国的限界のような気がします。
 一番好きなのは第1話の音フェチ少年と白い服の美少女の初恋です。この女の子が本当に純粋な可愛さがあります。もちろんオヤジの幻想だけど。

*36<249>「ガラスの脳」
中田秀夫監督。小原裕貴。後藤理沙。名取祐子。河合美智子。榎木孝明。林知花。
 手塚治虫の原作を映画化した。中田監督は「リング」シリーズでおなじみだ。
 飛行機事故に遭遇しながら奇跡的に誕生した由美。一方、喘息で入院していた少年・雄一。彼は病院で眠り続ける由美を見つけ、キスを贈り始めた。眠り姫の目を覚まさせる王子様になるのだ! 由美が17歳になったとき奇跡は起こった。彼女は目を開き、言葉を話し始めたのである。しかし、彼女が意識を保てるのは、わずか5日間だけだった。
 切なくも密度の濃い2人の時間が生まれた。これはメルヘンだと思う。愛の奇跡というこの物語が信じられない人は多分子供だましだと感じるだろう。僕は信じた。人間の無限大の奉仕はいつか実る日があることを。
 しかし、小原少年はよくやったが、なにしろ後藤理沙ちゃんがダメだった。ちょっと間が抜けた感じがして、愛の切実さを出し切れなかった。残念。
 中田監督によって随所に「リング」の貞子ポーズを垣間見ることができる。もしかして、由美が貞子になっていたら−と不安が走る瞬間もあった。榎木孝明を含めキャスティングに失敗した。清冽な物語を惜しいところで描ききれなかったように思う。 
 
*37<250>「13ウォリアーズ」
ジョン・マクティナン監督。アントニオ・バンデラス。ダイアン・ベノーラ。オマー・シャリフ。
 アラブから北方の未開の地に大使として行くことになったイブン。だが、彼は途中で恐ろしい魔物によってその地が破壊されていることを知る。しかも、その地を救う13人の助っ人の一人として選ばれてしまった。文人であるイブンは次第に言葉を覚え、戦士として成長していく。
 ノースランド版の「7人の侍」というところでしょうか。砦を作り、襲いかかってくる騎兵たちとの闘いが大きなスケールで描かれます。戦闘シーンは重厚でお金がかかっている感じはします。
 ただ、それだけかなあ。ロマンスもありませんし。アニミズムとか、一神教と多神教とか、ヨーロッパとアラブの文明度が逆転しているとか。結構珍しいところはありますが、それほどのインパクトはありません。
 ちなみに「13ウォリアーズ」ですが、原題は「13番目の戦士」ですので、当然バンデラスが主人公と言えます。彼だけは分かりやすい。でもね、13人の個性がわかりやすく差別化されているわけでもなく、やっぱり「7人」というキレのいい数字には及ばないのではないでしょうか。

*38<251>「ノイズ」
ランド・ラビッチ監督・脚本。ジョニー・デップ。シャーリーズ・セロン。ジョー・モートン。クレア・デュパル。
 NASAの宇宙飛行士スペンサー・アマコストは地上200キロ上空で事故に遭遇した。
 船外作業中に2分間交信が途絶えたのである。地上に戻ってきたスペンサーに対して妻のジリアンは奇妙な感じを抱いていた。事故にあった同僚のアレックス夫妻は悲惨な死を迎えていた。「彼は夫と違うのではないか」そういううちに双子を妊娠してしまう。夫が夜ごと聞くノイズ。その秘密は何か。
 てな具合で絶妙なミステリーが展開します。そして「やっぱりね」的な怪しい結末となるのであります。つまり、これは<他者>をどう受容していくかという問題でしょう。最終的には自分自身が本当は<他者>であることに気づくのですね。この主題はとても重いのですが、作品は語り切れていない憾みが残ります。
 ジョニー・デップは相変わらずカッコイイです。シャーリーズ・セロンもオッパイが気になるほど魅力的です。なんか肩すかしを食らった終わり方だけが残念です。

*39<252>「スリーピー・ホロウ」
ティム・バートン監督。ジョニー・デップ。クリスティーナ・リッチ。
 18世紀末米国はニューヨーク郊外の村スリーピー・ホロウ。そこでは首なしの騎士が村人の首を刈るという恐ろしい事件が起きていた。NY警察の捜査官イカボッドはその奇妙な事件を解決すべく乗り込んだ。しかし、村人たちは非協力的だった。その中で地主の娘カトリーナと被害者の子供マスバスの力を得て真相に迫っていく。
 ジョニー・デップが神経質な探偵役をきっちりと演じています。そしてクリスティーナ・リッチも娘魔女役を演じて光ります。
 それにしてもわかっていても怖い。こんなに簡単に首を切っていいのでしょうか。監督はある瞬間から首切りの快楽に溺れてしまったかのようです。
 一番怖いのは「鉄の処女」ですか。デップの両手に残された傷跡。フラッシュバックして「鉄の処女」が開いた瞬間が怖い。これってマザコンの男が少女に母を見いだす物語とも読めます。マザコンは科学の力が及ばないってことか。
 取り敢えずはホラーであり探偵小説的ではありますが。金をかけていながら、気負いがなくコンパクトにまとめられたのも気に入りました。
 
*40<253>「マグノリア」
ポール・トーマス・アンダーソン監督。トム・クルーズ。フィリップ・シーモア・ホフマン。ウィリアム・H・メーシー。
 これはなんとも一言では言えない。なんか本当に新しい映画が登場したと感じるね。映画の心を日本語にしちゃうとチンケだけど、要するに「愛を乞う人たち」だろう。
 セックスのカリスマや心優しい警察官や天才クイズ少年や元天才少年やそのクイズ司会者やプロデューサーやらいろいろな人が出る。彼らは全く関係なく動いているがみんな過去への悔い・本当の自分への渇望に囚われている。その彼らの姿を通して、人間の忘れ物を探してみせる。
 クライマックスの同時進行的な<雨>がショッキングというかシュールだ。こんなまとめ方ってあり? っていう強烈な一撃だ。
 3時間を超す超大作。それでいて飽きない。テンポがいいのだ。監督のポール・トーマス・アンダーソは「ブギーナイツ」のメガホンを取った。そのブギーナイツ組が多数、出演しているのは当然か。セックスのカリスマ役のトム・クルーズのパンツ姿も凄い。
 シークエンスがどれも良くできていて、監督のストーリーテラーとしての才能が光る。ちなみにマグノリアとはモクレンの仲間の南部の花だとか。

*41<254>「シビル・アクション」
スティーブン・ザイリアン監督。ジョン・トラボルタ。ロバート・デュパル。ウィリアム・H・メーシー。
 示談金を稼ぐのが得意の辣腕の弁護士シュリクトマン。ある時、彼はラジオ番組で公害被害に苦しむ女性からの電話を受ける。乗り気ではなかったものの、背後に大企業がいるのを見て、金になるとにらむ。しかし、被害者たちの目的は金ではなく、謝罪と責任の明確化だった。大企業は示談での取引をちらつかせる。それを拒んだ法律事務所は破産状態に追い込まれるのだった。
 「正義の味方」ってのは別に最初からいるのではなく、一種の必然のように生まれてくるものだ。そしてその根底には勇気があるのだ。映画はそう言っているように見える。
 訴訟社会の米国を典型的に描きながら、その最良のスピリッツを忘れない。これが実話に基づいているとすれば、米国はやはり凄いというべきか。

*42<255>「橋の上の娘」 
パトリス・ルコント監督。ダニエル・オートゥイユ。ヴァネッサ・パラディ。
 パリの名もない橋の上に自殺しようとする娘がいた。それを止めたのは中年のナイフ投げの男だった。捨てる命ならと、娘はナイフ男の的となった。モナコ、サンレモと2人の旅が始まった。しかし、娘は若い男に走り、中年男は捨てられてしまう。
 モノクロームの世界で繰り広げられる濃密な愛の形。「ハーフ・ア・チャンス」という映画でドロン&ベルモントの大物の娘役だったヴァネッサ・バラディが陰があるがセクシーな女を演じている。<ナイフ>はどう見ても男根である。
 それが体を貫くイメージはセックス以外のものではないだろう。馬鹿な女と、止める男。だが、本当は男のほうが弱く夢見ているのだ。そんなことをドラマチックに描いて官能的であった。

*43<256>「ケイゾク/映画」
堤幸彦監督。中谷美紀。渡辺篤郎。鈴木紗理奈。田口トモロヲ。大河内奈々子。
 なにしろテレビドラマなんか見ないのだから予備知識が不足している。「踊る大捜査線」もそうだったが、これはテレビの延長で見られているらしい。そのせいか、説明不足ばかりなのに、多くの若い観客にうけている。
 捜査弐係の係長・柴田と真山のコンビが繰り広げる刑事ドラマ。謎解きの最後にはしつこいほどの観念ドラマ延々と続く。超常現象と現実がクロスするのがいいのか悪いのか。
 スラップスティックに超能力やらサイコやら青春ドラマやコントやらが展開する。いや、説明不足だから分からないのではなく、実はよく分かるのだ。そのセンスの良さがこの映画の人気なのかもしれない。

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