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北海道文学を中心にした文学についての研究や批評、コラム、資料及び各種雑録を掲載しています

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見逃しミーハーシネマ館  1999〜2003
 なんというか、映画に嵌まっていた頃に、ビデオも借りまくっていた。

 ビデオ・グラフィティ・ノート 1999−6   81~96  

*<81>「死んでしまったら私のことなんか誰も話さない」
アグスティン・ディアス・ヤネス監督。ビクトリア・アブリル。フェデリコ・ルッピ。ピラル・バルデム。
 1995年スペイン。
 シンジケートの秘密リストをひょんなことから手に入れた売春婦グロリア。メキシコからスペインへ強制送還されたが、彼女はあきらめない。マネーロンダリングの悪銭を奪おうと行動に出るが、そこには刺客が待っていた。義理の母に助けられ、次第に立ち直っていく姿が共感を呼ぶ。ゴミのような人間にも神の手は差し延べられる。そう信じたがっている映画である。

*<82>「恋する惑星」
ウォン・カーウァイ監督。トニー・レオン。フェイ・ウォン。ブリジッド・リン。金城武。チャウ・カーリン。
 失恋刑事と金髪女のプラトニックな恋を描いた作品と、警官と食堂の娘のすれ違いの恋を描いた2つの作品からなる。
 どちらも味わい深いのだが、とりわけトニー・レオンの後編がいい。まるでプロモーションビデオのように美しい印象的なカットが続き、バックには「夢のカリフォルニア」がかかる。それがぴったりはまるのだなあ。妙にねちっこくなく、さわやかに描いたのがいい。

*<83>「ピアニストを撃て」
フランソワ・トリュフォー監督。シャルル・アズナブール。マリー・デュボワ。
 1960年フランス。
 シャルリーはカフェのピアノ弾き。かつては有名なピアニストだったが、興行師と関係のあった妻を責め死なせてしまった過去がある。今はウエートレスのレナと幸せな生活を掴もうとしていた。しかし、兄の事件に巻き込まれてしまう。
 軽やかに流れるピアノのメロディー。しかし、物語は結構、暗い。結末も悲劇だ。それなのになぜか心を洗われる。登場人物の存在感がいっぱいなのだ。こんな映画はなかなかもう作れないだろうなあ。

*<84>「ブラックジャック」
ジョン・ウー監督。ドルフ・ラングレン。
 さすがジョン・ウー監督だわ。相変わらず2丁拳銃で撃ちまくる撃ちまくる。快感だわ。「リプレイスメント・キラー」のチョウ・ヨンファはこのパターンだったわけだ。
 物語はカードギャンブラーを父に持ったが、自分のミスで父親を殺してしまった。それがスティグマとなって用心棒をやっている男がラングラレン。そのため、「白」に弱い。目が見えなくなる。この欠点をいかに克服するか。それが克服された時が、スティグマを乗り越えられる時でもある。
 てなドラマツルギーはワンパターンだから。どうでもいい。「セーラー服と機関銃」の「かーいかん」がわかる。

*<85>「Wの密約」
ジョージ・ミハルカ監督。カイル・マクラクラン。マーシャ・グレノン。アラン・チケ。
 1997年米・英・加合作。
 ナチスの亡霊の暗躍と闘う英国諜報組織。主役はツイン・ピークスのカイル・マクラクラン。モントリオールでの国際会議に出席しようとしたパナマ帰りの米国上院議員らのグループが謎の一味に拉致された。だが、不自然さに英国諜報部は気づき、上院議員に迫る。そして浮かび上がってきたのがナチスの秘密口座を操る連中の陰謀だった。
 いささか軽い。ちょっと気のいい台詞を早口で言っているような感じだ。ノリが映画というよりもテレビ的だと言えば失礼だろうか。こぢんまりまとまったスパイ・アクションという感じだった。

*<86>「ホテル・ニューハンプシャー」
トニー・リチャードソン監督。ジョディ・フォスター。ロブ・ロウ。ボー・ブリッジズ。ナスターシャ・キンスキー。
 1984年米国。ジョン・アーヴィング原作。
 ベリー一家の生きる意味を問う物語。夢見ることを捨てないベリーは妻と子供たちとで念願のホテル「ニューハンプシャー」を始める。だが、夢追い人の前に現実は過酷だ。苦しい経営のほか、フラーニはレイプに遭い、父親は死んでしまう。ジョンは姉フラーニを近親愛的に見ている。ウィーンへ移るが、今度は妻と末の子を亡くしてしまう。そして、過激派により失明させられる。下の娘リリーは文章家で、作家になる。だが、2作目で失敗し自殺してしまう。
 とにかく幸せと不幸せが合わせ鏡のように続く。だが、根底にあるのは人間だけが、夢見る権利を持つという確固たる意志だ。それが、物語のハーモニーの通奏低音のように響いている。エピソードがどれも生きていて、見事な映像詩となっている。素晴らしい。

*<87>「タクシードライバー」
マーチン・スコッセシ監督。ロバート・デ・ニーロ。シビル・シェパード。ジョディ・フォスター。
 1976年米国。
 トラヴィスはニューヨークのタクシードライバー。ベトナム戦争の経験をどこかでひきずっている。彼は孤独だ。なにより、爛れた都市の生活が許せない。ピュアなものに渇望感を抱いている。最初にあったのは誰もを近づけない美貌の選挙ボランティアのベッツィだ。しかし、デートで彼女をポルノに連れて行き失恋する。次は13歳の娼婦アイリスだ。彼女に少女らしい生活を促すが、固いガードの前に受け入れられない。民衆の痛みを知らない偽善の大統領候補を狙撃しようとするが失敗。アイリスを助け出すために乗り込む。
 メディアは彼を英雄視するが、再び孤独なタクシードライバーに戻る。ニューヨークの夜。運転するデ・ニーロの姿が印象的だ。そしてベトナムが彼に課した心の傷が痛い。彼の狂気はどこまでも正しいことの延長にあるだけに、怖い。そして、何者も怖くないというニヒリズム。時代を描いた傑作だ。

*<88>「グラン・ブルー 完全版」
リュック・ベッソン監督。ロザンナ・アークエット。ジャン・マルク・バール。ジャン・レノ。
 1988年フランス。
 天才的な潜水家・ジャック・マイヨールをモデルにした男たちの海への情熱。ライバルにジャン・レノによるエンゾを配して深みを加えた。ボンベを持たず素潜りで、深海100メートルに挑戦するフリーダイビング。
 海がいい。そして、これに恋が絡む。なんで海に潜るのか。本当はよくわからない。でも海がなんとも魅力的だ。海を見ながらピアノを弾くジャン・レノがかっこいい。スケールが大きいけれど、おしゃれさを忘れないフランス映画だ。

*<89>「不法執刀」
アンディ・ウィルソン監督。デビッド・ドゥカブニー。ティモシー・ハットン。アンジェリーナ・ジョリー。
 医師免許禁止された男が遭遇したギャングの抗争。そこで、ひょんなことから優れた外科手術の腕が見込まれる。悪の世界に引きまれそうになりながら、立ち直る姿を描く。
 主役は「Xファイル」のデビッド・ドゥカブニー。甘いマスク。落ちかけた青年医師の姿をそれなりに好演しています。
 ただ物語全体の仕掛けも緊迫感も今ひとつ。中国人=著作権フリーのイメージ。 中国=日本の生活習慣。その辺が笑えます。

*<90>「ラストゲーム」
スパイク・リー監督。デンゼル・ワシントン。ミラ・ジョヴォヴィッチ。レイ・アレン。ジョン・タトゥーロ。
 1998年米国。
 バスケットボールのスーパープレーヤーの高校生の息子の前に、ある日、妻(母)殺しの罪で服役中の父親が現れる。NBAか大学進学かで悩んでいるなら、自分のミチを選べ、と。青年の周囲は欲望の塊のようなブローカーであふれていた。
 金も出します。女も抱かせます。エージェントを引き受けます。さすが、バスケはアメリカの人気スポーツだ。しかし、これはバスケ業界の批判か。正しいスポーツ物語か。
 父と子の和解のドラマか。わからん。父親も売春婦も妹も。肝心の人たちがうまく生きてこない。そんな憾みが残った。

*<91>「日蔭のふたり」
マイケル・ウィンターボトム監督。ケイト・ウィンスレット。クリストファー・エクルストン。リアム・カニンガム。
 互いに結婚相手を持ついとこ同士のふたりが心ひかれて一緒に暮らすことになった。しかし、籍を入れていないだけで世間の風は冷たい。青年の大学教授の夢は独学ゆえに開かれず。家庭生活でも子供に悲劇が起こる。
 絵に描いたように報われない愛の物語。なんとも救いようがない。それでも信念を揺るがせない青年に未来をみるべきか。ちなみに、タイタニックのケイトが全裸を見せているのに驚いた。

*<92>「敵対水域」
デイヴィッド・ドゥルリー監督。ルトガー・ハウアー。マーティン・シーン。
 米国とソビエトの潜水艦同士が米国東海岸沖で接近遭遇。接触事故を起こした結果、ソビエト潜水艦は火災。最後には炉心溶融寸前まで至る。艦長の指示のもと、隊員の決死の任務が進む。一方、ミサイルハッチが開かれたことから米国側には警戒が走る。入り乱れる政治家と軍、国と国、党と軍、軍人同士の葛藤を描く。
 迫力は今ひとつだが、設定はよくできている。結局、泣きを見るのは現場の最前線の兵士というところが泣ける。

*<93>「ラスト・ウェディング」
グレーム・ラティガン監督。ジャック・トンプソン。ジャクリーン・マッケンジー。ナオミ・ワッツ。
 1996年オーストラリア。
 ハリーとエマの2人が西オーストラリアのロットネス島で結婚式を挙げたいといいだした。これに戸惑いながらも奔走するのは友人2組。彼らは「今=永遠」を全身で感じ取りながら準備を進めていく。実はエマはガンに冒され、余命が2ヶ月しかなかったのだ。
 きれいな映画だ。物語は彼らの生活背景を描くのではなく、ひたすら「結婚式」へと上り詰めていく時間を描く。島の周りの透明な海のように、純粋な感覚だけが残る。こんな幸せな世界があっても、取り敢えずは許したい。

*<94>「グランド・コントロール 乱気流」
リチャード・ハワード監督。キーファー・サザーランド。ケリー・マクギリス。ロバート・S・レナード。クリスティ・スワンソン。
 1998年米国。
 フェニックスの航空管制官を主人公に空の安全を守る男(女)たちの姿を描く。
 ハリスは過去に事故を起こした飛行機を担当した過去を持つ。このため、それが心の傷になっている。しかし、心配りしてくれた上司の依頼でピンチヒッターとして管制官に復帰する。だが、能力を超えた離着陸を許可した管理者の無理がたたりトラブルが続発、制御不能の旅客機を無事導くまでを緊迫感たっぷりに迫る。
 巧みにできたパニック映画です。個人主義とチームワークと、それが見事に結実する。いやあ、アメリカだ。アメリカは凄い。こんなレベルで感心するのも変だが、日本はダメかなって思ったりする瞬間があった。

*<95>「風の谷のナウシカ」
高畑勲プロデュース。宮崎駿監督。
 名作を改めて見た。腐海という死の湖のそばにある風の谷。そこに少女は姫様として住んでいる。彼女は自然との共生を願っている。だが、腐海は風の谷を飲み込んでしかねない。胞子は毒素をばらまき、オームという虫は世界を破壊し尽くす。そこに、巨神兵や好戦的な諸国が加わり争いが広がっていく。
 人間の行為の愚かさ、自然の営みの合目的性。一見腐っているかに見える自然は大きなバックグラウンドで調和を取り戻すべく機能している。エコロジーとアニミズム。ここにある思想は素直に見ればそういうものだ。
 オレたちはきっとナウシカのようには生きられない。「動き出したものは止められない」のだ。少しヒリヒリとした痛みが残った。

*<96>「ストレンジ・デイズ」
キャスリン・ビグロー監督。レイフ・ファインズ。アンジェラ・バセット。ジュリエット・ルイス。トム・サイズモア。
 1995年米国。製作・脚本はジェームズ・キャメロン。
 1999年12月31日。擬似体験ディスクを売っているレニーの元へ友人が殺されるディスクが送られてくる。彼は元恋人のフェイスの命も危ないと動き出すが。
 スケールの大きいサスペンス・アクション。世紀末の雰囲気は「ブレード・ランナー」と似ている。だが、「ターミネーター」の監督が製作しているだけに物語はスリル満点だ。
 2000年へと時代が変わる混沌とした雰囲気が最高に素晴らしい。絶望的な状況の中から人間に大切なものが回復されていく。興奮のうちに心洗われるエンターテイメントである。

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