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北海道文学を中心にした文学についての研究や批評、コラム、資料及び各種雑録を掲載しています

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勝手にweb書評REVIEW

勝手にweb書評8−3  20〜28

★★★
<20>羽生善治『決断力』(角川書店)
 羽生善治さんは天才である。もちろん、将棋界の名実ともナンバー1。だが、本を書かせても天才であることがわかった。わかりやすい。しかも的確にポイントを衝いている。その上に、気合というかオーラというものがビシバシと伝わってくる。
 新書版だから一気に読める。かといって、薄っぺらじゃない。ドシンとハートに響いてくるのだからすごい。たとえば、こんなくだりを読むと脱帽する。
 〈将棋は、お互いに一手ずつ手を動かしていき、指していく。だから、自分が指した瞬間には自分の力は消えて、他力になってしまう。そうなったら、自分ではどうすることもできない。相手の選択に「自由にしてください」と身を委ねることになる。そこで、その他力を逆手にとる。つまり、できるだけ可能性を広げて、自分にとってマイナスにならないようにうまく相手に手を渡すのだ〉
 〈「オールラウンドプレーヤーでありたい」/ 私が棋士として大事にしていることだ。一つの形にとらわれず、いろいろな形ができる、そんな棋士であり続けたいと思っている。そんな相手にも、どんな場面にも対応し、7番勝負なら、7番とも違った戦法で指したいと考えている。/ そのためにも、「自分の得意な形に逃げない」ということを心がけている〉
 〈長嶋さんは、おそらく投手が投げてくるボールを打ち返すのが純粋に好きだったのだろう。私も将棋が純粋に好きだ〉
 天才にして、これだけの思慮深さ! 彼を負かす人は彼しかいないのではないかということを畏怖(いふ)を持って感じざるを得ない。名言は続く。
 「勝負どころではごちゃごちゃ考えるな。単純に、簡単に考えろ!」「勝負には周りからの信用が大切だ。期待の風が後押ししてくれる」「常識を疑うことから、新しい考え方やアイデアが生まれる」「人間は、どんなに訓練を積んでもミスは避けられない」…
 読めば読むほど深い。ずいぶん以前から、羽生さんには仕事の関係でお付き合いさせていただいた。風呂に入っていると、隣にいたのが羽生さんだったということもある。いつもクールで、何事にも「そうですね」と静かに相槌を打つ。将棋界というのは観戦記者を含めて天才がごろごろいる世界である。その中でも羽生さんがいかにすごいかということがあらためてわかる。文句なく羽生マジックとその世界の核心を伝える名著である。

<道内文学界の現役最長老の挑戦>
 「今度、こんな本を出したのだけれど取材できませんかね」と言ってきたのは、出版局の進藤さんである。見ると、単行本の表紙には墨滴も鮮やかに『平岸村』(筆は中野北溟さん)、著者名には澤田誠一とある。そこで、私は「澤田のおじいさんがとうとう本を出したんだね!」といささか素っ頓狂な声を挙げてしまったのである。
 早速、その本を読み、筆者の澤田さんに連絡を取り、平岸のご自宅を訪ねて苦労話などをうかがった。その内容は北海道新聞夕刊札幌版(マイたうん札幌圏)に掲載されているので、お読みくださった方もいるのではないかと思う。
 さて、澤田さんと言えば「北方文芸」である。1967年に北海道の文学展があり、おそらく「北海道文学」は絶頂期に入る。そこで、今は亡き小笠原克と澤田誠一らが意気投合して産声を挙げたのが「北方文芸」だそうである。地元書店の協力もあり、新しい文芸誌が立ち上がった。
 ここからは多くの作家・評論家が巣立っている。私が大学生のころは北大文学部の助手あたりをやっていた森山軍治郎氏などもその一人であろう。さらに、亀井秀雄、神谷忠孝、武田友寿、小池喜孝、武井静夫、高野斗志美などという論客がそろっていた。作家のほうでは、小檜山博、佐藤泰志、三好文夫、高橋揆一郎といった人々もいた。後期には先輩の前川公美夫と谷口孝男が同じ雑誌に批評を書いていたこともあった。
 北海道の文芸誌と言えば、「北方文芸」の他になし、という時期もあった。これに対して、私の師匠筋でもある、今は亡き井上彪(いのうえ・ひょう)は「黎」という同人誌を興し、「北方文芸なにするものぞ」と気を吐いた。そこには藤堂志津子も席を置いたし、工藤正広、鳥居綾子らもいた。良くも悪しくも多くの文芸の徒は「北方文芸」を指標に頑張ったという思い出がある。
 しかし、同人誌の時代は一発勝負の文学賞の隆盛化とともに終わりを告げようとしていた。そして、「北方文芸」も97年に月刊の幕を閉じて、実質的に終刊となった。だが、そこでくじけなかったのが澤田さんだ。「まだ、わしの仕事は終わらぬ」とばかり「別冊」を立ち上げ、自ら書き始めたのが『平岸村』であった。
 それが、ついに本になった。澤田誠一85歳。やるもんである。「小説は難しいけれど、まだ雑誌は続けるよ」と元気いっぱいだった。最後に、デジカメで写真を撮らして貰った。「それは便利なものだなあ」と感心しながら、澤田さん緊張のポーズである。
 うーむ。ワシも遊んでいられないな。
★★☆
<21>笠井嗣夫『映画の歓び』(響文社)
 笠井さんは硬派の詩人である。最近は「ローザ/帰還」(2003年、思潮社)という詩業を為している。その昔、「青い空 夢の死骸 詩人たち」(白馬書房)という評論集も読ませていただいた覚えがある。さらに、その昔になると、「熱月」とか「密告」とか詩誌を出されていたと思う。好き嫌いのレベルで言えばいろいろあるが、私には詩も評論もいつも刺激的で、自分も頑張らねばという目標であった。
 笠井さんは詩人の常で、映画青年でもある。函館の佐々木美帆さんが編集発行人のミニコミ誌「暗射」に映画論を連載しており、それをまとめたのが本書である。映画監督と作品をセットにした批評のスタイルだ。鈴木清順から若松孝二、相米慎二、村川透、増村保造、田中登、塩田明彦という具合に知っている監督の名前が並ぶ。私には思い入れのある人もあれば、ほとんど関心のない人もいる。そのあたり、こちらが映画をきちんと論じるというよりも、アバウトなミーハーを貫いている負の欠陥の賜である。
 印象に残ったのは「望郷」「地の果てを行く」のジュリアン・デュヴィヴィエを論じた一章である。そこでは笠井さんの父親、笠井清の人生が重ね合わせて語られているのだ。笠井清はプロレタリア文学運動に参画し、運動から離れ、日本各地やアジア大陸の旧満州や朝鮮半島を軽演劇団に身を寄せていたのだという。累々たる屍の積まれた時代。そのことが重くのしかかる。「友は刑務所を出/歯ぎしりして死んだ/私に/碑をおしつけたまま」(笠井清「碑に」第4連)という詩が痛い。戦後は私たちも知らぬ顔はできぬ。私たちの時代の死者たちはどこにいるか。ふとそんなことを思う。それはたぶん田中登「夜汽車の女」論と交錯するものである。
 笠井さんの文章を読むと、映画というものは映画そのものとして論じられることを望んでいるが、いつも現実の側に引き戻されるのが宿命なのだ、と思う。それはともかく、力を抜いて「狸映画の系譜」を読むと、日本映画の華やかな姿が浮かんでくる。そして荒井晴彦による「シナリオ・神聖喜劇」論。実は大西巨人原作のこの大シナリオが私の机の横に置かれたままなのだ。なまけものの私は、またしても笠井さんに背中を押されているのだけれど。
★★
<22>井上荒野『だりや荘』(文芸春秋)
 東京にいる村上春樹ファンで、安藤忠雄が好きで、司馬遼太郎文学館まで見に行くらしい文学少女Yさん(こう書くとプリプリ怒る姿が目に浮かびます)から、「文章・表現にはっとする所がたくさんあって、さすがプロって感じです」と送られてきたのが、この本。一生懸命書いているが、文章にはっとするところが少ない当方としては、「ほなら、勉強させてもらいます」ってことで読みました。2004年7月の発行ですから、1年くらい前。相変わらず真面目に本読んでませんね、ワシは。
 物語は交通事故で両親が亡くなって、ペンション「だりや荘」と娘2人が残される。姉は椿、妹は杏。花だらけです。姉は病弱で独身ですが美人、妹もチャーミングで迅人という夫がいるのですが、子供ができません。杏は東京を引き払い、ペンションを姉と引き継ぐことになる。さて、もうお分かりと思いますが、恋愛ドラマが始まります。そこに、全国を飛び回る青年、その名も翼君が加わって、4人の役者がそろいました。
 不倫という言い方は文学の世界では、無粋です。さまよう魂が真の出会いを求めて、クロスオーバーします。それを午後の連続ドラマにすると、もうドロドロですが、本作はまことに静謐な文章で、なんだか美しく語られてしまいます。しかも、語り手が姉だったり妹だったり、多人称の視点ですぐに変わりますので、執念深い展開にはならないのです。でも、そうしたフィルターを除去すると、「おまえら、勝手にせい、世間知らずの恥知らず!」と言われそうな困った4人です。
 で、もちろんドロドロ恋愛ですから、大きな事件がおこります。これから大変だわ、って新たな段階に移行するところで終わります。でも、消えるのは1人のみで、ペアプラス1のトライアングルは変わりません。きっと、また新しいストレンジャーが共犯幻想の世界に引き込まれるのでしょうか。こわいな。美しさは罪ですな、ということでしょうか。ちなみに、井上荒野さんは井上光晴の娘さんだそうです。

<23>鷲田小弥太『「戦後思想」まるごと総決算』(彩流社)
 鷲田さんは私の恩人である。文芸同人誌「黎」で批評をやっていたころに声をかけてくれ、結果的に私の最初の本格出版となった『吉本隆明の方へ』(青弓社)の産婆役となってくれたのである。だから、恩は深いのだが、「北方文芸」の編集委員として張り切っていた時期から、時が経つに連れて現状追認の思想傾向が強まっている。
 鷲田さんはもともとはマルクス主義者だったらしい。そういう人が現実の多様さの前に転回するのは、日本の近代思想ではよくあるパターンである。鷲田さんは円熟したのかもしれない。ただ、西部邁さんが依然として保守でも異端でラディカルであり続けるのに比べると、いささか趣を異にする。私どものように、「マルクスなんて知らないよ。物の感じ方、体の動かし方、共同体験の価値のほうが大切だ」と思って、行動主義でやってきた人間には手が届かないものである。
 いささか前置きが長くなった。
 鷲田さんは本書で、天皇論に力を入れているが、そこに〈「戦争責任」などない〉というくだりがある。あるのは「敗北の責任」だけ「失敗」の責任だけだというのだ。「この責任は『公職追放』や学界・文壇からの排除というように、かなり恣意的な『基準』にもとづいてなされた」という。
 鷲田さんは吉本隆明論者でもあるが、吉本は「文学者の戦争責任」(1956)でデビューし、その視点を「芸術的抵抗と挫折」「抒情の論理」というように展開していった。戦争翼賛文学者の本質を徹底的に批判し、火野葦平から転向マルクス主義者を串刺しにして大衆的動向からの孤立としてえぐりだしていった。「戦争責任」がないと言うと吉本隆明を評価できないと思うのだが。蛇足ながら、日本の国における役割を評価し、天皇肯定論をとる鷲田さんが今上天皇を「平成天皇」と呼ぶのはちょっと気になった。
 鷲田さんはバブル崩壊後の日本を「大躍進の10年」と呼ぶ。「日本の世紀が本格的に始まる」。それには「アメリカとの同盟維持と強化を」という考えは、論理的帰結だろうが、「ブッシュの選択も、小泉の選択も正しかった」とイラク戦争を評価するとなると、いよいよ遠くまで行ってしまったな、と思うのだ。
 誤解のないように言っておけば、鷲田さんの参照している思想家に私も学び、共感している。多様な思想と思想家を明快に整理してくれている。これは天才的な仕事である。それでいて、結論が違うのはなぜか。鷲田さんが時代の流れを見据えて成熟し江藤淳的な「治者の論理」に移行しているのに対し、私が依然としてミーハーでカオスの可能性に魅せられており、権力とはコントラディクトな「大衆の原像」の側にいるからだろうか。
★★☆
<24>かわぐちかいじ『回想 沈黙の団塊世代へ』(ちくま文庫)
 「団塊」というタイトルを見ると、つい本に手が伸びてしまう。「沈黙の艦隊」で一世を風靡(ふうび)した漫画家の自伝。明治大学漫画研究会の出身であり、団塊−全共闘世代の代表的な創作者の一人である。真崎守ら少し上の世代のアナーキズムに対して劇画的な情念が加わっているのが特徴だった。デビュー作は「夜が明けたら」。浅川マキの歌のタイトルみたいだ。「明日の見えない若者2人が自分たちを呑み込もうとする都会の喧騒から脱出しようとするが、新宿騒乱に巻き込まれて破滅していくというストーリー」だったそうだ。いかにも団塊世代らしいスタートだ。
 その後、「暗く孤独な『アウトロー』や『アウトサイダー』たちの美意識を描きつづけた『劇画』が急速にその力を失っていった」中で、彼も模索を続ける。暗さにとどまっている作風を捨て、「漫画の演出」を意識していく。そして、「2代目・かわぐちかいじ」へと変身する。ことの成り行きはともかく、私の中にも長年、暗さがなかったわけではないので、パラダイム・チェンジする流れはよくわかる。そして「沈黙の艦隊」での大ヒットへと続く。
 <世の中はフラットではない。デコボコがあるのが世の中なのだ。それを認めなければならない。その真実を見極め、それに個人個人で対応する力を持たなければ、コインの裏表からは永久に抜け出すことはできない>
 「心の中のプチ反体制」を乗り越えて、難問から「逃げない」という覚悟。かわぐちかいじは、自らの場所をそのように示している。それは自前の権力論を放棄しての「保守の論理」への漸近ではないのか。先に取り上げた鷲田さんと近いものがあり、私の中に異論がないわけではない。それでもなお団塊世代の真ん中にいる人間の率直な意志表明として受けとめたいと思う。
★☆
<25>山田真哉『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』(光文社新書)
 なにしろ本のオビに白抜きと赤字で「ミリオンセラー100万部」とばっちりと刷り込まれている。すごいなあ。「身近な疑問からはじめる会計学」だそうだが、「さおだけ屋の本はなぜこんなに売れるのか」とっても気になる。それで買ってしまった。ミーハーの浅はかさで、また1部増やしてしまった。
 著者は元々は文学部の人だが、公認会計士の資格を取り、「中央青山監査法人」(あれっ、どこかで聞いたことあるぞ)などを経て、独立している。多才な人らしく、「女子大生会計士の事件簿」なんて本を出して、それがシリーズ化されているとのこと。
 ヒットの理由は明白だ。まず、とてもわかりやすい。うるさい数字がないのだ。次にエピソードが豊富だ。納得しやすい。最後に30分ぐらいで一気に読める。これは薄利多売には不可欠だ。別に腐しているわけじゃなく、それはそれで利点なのだ。
 良い話題がいっぱいある。「50人に1人が無料」。これは得だね。と思ったら大間違い。100人に2人となると、割引率は2%だと明かす。大したことないのに、皆騙されるのは確かだ。「『人脈』というと、なるべく多くの業種の幅広い世代の人々と関係を持つことに重点が置かれがちだが、それは大きな勘違いだと思う」「100人と薄っぺらい関係を築くのではなく、100人の人脈を持つひとりの人物としっかりした関係を築くべきなのだ」なんてのも良い言葉だ。
 で、さおだけ屋はどうして潰れないのか? 1・さおだけ屋は、単価を上げて売り上げを増やしていた! 2・さおだけ屋は、仕入れの費用がほとんどゼロの副業だった! そうかもしれないが、今ひとつピンとこなかった。まだ裏があるような気もするが…。
★☆☆
<26>溝口敦『パチンコ「30兆円の闇」』(小学館)
 お手軽本ばかりで恐縮です。でも面白いんだなあ、これが。
 パチンコは実に30兆円のマーケット規模を持つ国民的娯楽だ。他の公営ギャンブルなど問題じゃないのだ。しかも、これはギャンブルであり、まあカジノであり鉄火場であるのに、そのような姿を景品交換などというフィルターを入れて曖昧化しているのが、いささか尋常ならざるものがある。しかも、業界の周辺に巣くうアウトサイダーたち、そして、マニアというよりは中毒患者たちの状況にも警鐘を鳴らす。
 これまで、日本の闇社会に鋭いメスを入れるノンフィクションを多数手がけてきた著者ならではの真相&深層取材が光る。特に、警察との激しい癒着、間接・直接を含めてのもたれあいを激しく問うている。近年、警察の報償金問題が取り沙汰されてきたが、こちらにはそれ以上に深いものがある。でてくる政治家も確かに元警察官僚あがりというのも頷ける。
 いささか専門的すぎる(マニアックな)領域もあるが、週刊誌連載が元であるだけに手軽に読める。おおむね、指摘には傾聴すべきところが多かった。きちんと法整備をして、警察ではなく財務当局との自治体との役割を大きくして、カジノ・ギャンブル場としてすっきりさせればいいと思う。
 いささか、韓国・北朝鮮への資金流入などに関しては、日本の富が韓国の発展とか北朝鮮のテポドンにつながるような言い方はナショナリズムにすぎると思った。もちろん、そのことに対する疑問がないわけじゃないが、グローバルに考えて、そうした富が世界を豊かにしている、国境を超えて人類の発展の新段階をつくっていくのだと考えた方がいいと思う。北朝鮮を豊かにする在日同胞がいるとすれば、北朝鮮だって容易に日本を攻撃できない。多くの同胞は両国を結ぶ平和の担保にもなる。
 私は長年のパチンコファンである。この本を読んでパチンコをめぐる闇社会に不信を抱いたのは事実である。でも、吉本隆明、平岡正明らの愛読者としては、パチンコが嫌いにはなれないのも事実だ。

<小嵐来たりて、冬も来たりぬ>
 作家に小嵐九八郎さんという人がいる。知らない人も多いかもしれないが、歌人でもある。主な著書を挙げると『見上げれば あ、雲』(毎日新聞社)『せつない手紙』(筑摩書房)『蜂起には至らず 新左翼死人列伝』(講談社)『ふぶけども』(小学館)『妻をみなおす』(筑摩書房)などが簡単に手に入るところか。『刑務所ものがたり』(文芸春秋社)で吉川英治文学新人賞をもらっているというから実力派でもある。
 本人名のホームページによると、「小学校1年(渟城第二小学校)まで能代で暮らした後、川崎に引っ越しする。早大時代に過激派の活動家となり、通算5年刑務所生活を送る。劇画原作、歌人としても活躍。昭和61年小説家としてデビュー。競馬と相撲が好きで、野球は阪神タイガース。釣りの腕はプロ級。歌誌「未来」「りとむ」所属。これまで4回直木賞候補となる」と紹介されている。
 私はそうした小嵐さんの武勇伝はほとんど知らない。ただ、ひょんなことから飲み友達になった。東京時代に銀座とは名ばかりの場末のお店で遭遇し、なぜか親しくしていただいたのである。その店はどちらかと言えば、もの書きやら絵描きやらその関係者が多く出入りしていたので、私のような田舎育ちの人間が珍しかったのかもしれない。
 北海道に戻ってからは年賀状程度のやりとりであったが、先日突然、「今度、札幌に行くから会いにいらっしゃい」との速達が送られてきた。11月13日に道立文学館で講演会をやるのだという。それで、前日にホテルに駆けつけると、詩人の笠井嗣夫さん、ロシア文学の工藤正広さん、歌人の田中綾さん、石塚出版会の石塚千恵子さんというそうそうたるメンバーによる講演会の事前打ち合わせの真っ最中であった。
 私はいささか恐縮したが、皆さんのご厚意で夕食会に同席させていただいた。小嵐さんは北海道の思い出などを楽しそうに話され、私たちはもっぱら聞き役であったが、とても楽しいひとときを過ごさせてもらった。私などは忘れがちであるが、筆一本で生きていく作家の厳しさに教えられるところが大きかった。同時に波乱万丈でありながら変わらぬやさしい心も教えられた。朋あり遠方より来る。だが、小嵐さんの来襲のせいか、翌日、通信社の支局長の送別会で訪れた旭川は雪模様。道北はもう厳しい冬本番なのであった。
★★★
<27>海野弘『陰謀と幻想の大アジア』(平凡社)
 ずーっと気になっていたことがある。「満州」である。戦後60年を過ぎたが、いろいろな場面で満州は私たちの前に顔を出す。たとえば、中国残留孤児問題は未だに解決してはいない。あるいは、だれそれは満州人脈であるとかないとか。
 この気がかりを途方もなく大きな風呂敷で見取り図で示してくれたのが本書である。章のタイトルを並べてみよう。「満州国」「ウラル・アルタイ民族」「日本人・日本語の起源」「騎馬民族説」「大アジア主義」「ユダヤと反ユダヤ」「回教コネクション」「モンゴル」「シルクロード」「大東亜共栄圏」。これを見ただけで、スケールが大きいではないか。章にはないが、梅棹忠夫「文明の生態史観」もまた射程内にある。
 たとえば、江上波夫の日本国家論である「騎馬民族説」を見る。これは、具体的には多くの批判が寄せられているが、今なお私たちを魅了するロマンの香り高き仮説である。しかし、これは戦前の満州で発想された。さらに「大正年間に発表された喜田貞吉の『日鮮民族同源論』と一致している」というのだ。そして、大陸から渡って来たということは、その道を戻ることに問題はないわけで「騎馬民族征服王朝を是認することで、日本帝国主義の大陸進出が無意識であるとしても正当化されている」となる。そして、現代日本の発展を賛美するものだというわけだ。
 同様に、それぞれの論の背景にある大陸と日本の一体化の<陰謀>あるいは<想像力>も明快に抉り出してみせる。それと同時に、アジアへの夢を切り捨てた現代日本の貧困をも映し出す鏡である。陰謀論は眉唾物がほとんであるが、本書の構図は魅惑的だ。
★★☆
<28>武田徹『偽満州国論(ぎまんしゅうこくろん)』(中公文庫)
 さて、『陰謀と幻想の大アジア』を読んだ勢いで、手元にあった文庫版の本書を読みなおしてみた。武田さんはシャープな批評家である。前に読んだ時には、アナキスト大杉栄VS甘粕正彦憲兵大尉の架空対談くらいしか記憶になかったが、読み直すと、吉本隆明批判であることに驚かされた。
 武田さんは田川建三(なぜか、「健三」と誤植しているのが、なぞである。単純なミスなのか。改名したのか?)の「思想の危険について」をなぞるように、吉本の『共同幻想論』を批判する。吉本思想の曖昧(あいまい)さを衝く。それはたぶん全共闘世代批判でもあるようだ。
 〈「幻想」「逆立」という言葉において、ただ明快な説明が忘れられていたわけではなく、そこにはおそらく作為がある。……吉本の言葉が反体制的な傾向をもつ当時の読者と取り持った関係は、智学が軍関係者と切り結んだ関係に酷似する。「国体」の言葉が求めるように現実を変えろと迫るのとは逆に、今度は「幻想」の国家を唾棄せよと吉本は迫る。方向こそ逆になるが、言葉と現実とどう関係づけるかにおいて、智学、賢治、吉本は似ている〉
 田中智学の国柱会と石原莞爾、宮沢賢治、吉本隆明を串刺しにするわけだ。共同性と個を垂直関係に見るのではなく、水平的関係(権利と義務の相互承認と相補的な履行の社会性)で見ないとだめだ、武田さんは吉本とそして幻想の満州国とを批判する。発想はとても面白いと思う。市民社会派的な論理でもある。でも、それじゃあ、共同幻想論は書かれなかっただろうし、吉本ではなくなってしまうのだから、無理な話だ。もちろん、吉本理論のあいまいさは私も指摘してきたことだが、そこを押さえてなお吉本は卓抜だ。
 武田さんの指摘は国家的共同性に掠め取られない都市的共同性の可能性の論理である。それは理想主義批判でもある。それなりに説得力があるが、なにか物足りないのは、私たちが「みんなまぼろし」と吉本的に言ってすませたい衝動を秘めているためか。文章を入力してください。

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