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北海道文学を中心にした文学についての研究や批評、コラム、資料及び各種雑録を掲載しています

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「踊るシネマの世界」へ 
 なんというか、映画に嵌まっていた頃があり、雑文を書きまくっていた。

WEEKLY  TODAY'S CINEMA 3  2005~2006

【きょうの映画】
★★★
*24 「ヘイフラワーとキルトシュー」(カイサ・ラスティモ監督。カトリーナ・タヴィ。ティルダ・キアンレト)
 フィンランドからきた楽しいファミリーメルヘン。シニッカ・ノポラ&ティーナ・ノポラ姉妹原作の童話を映画化したそうだ。文句なしにハートウオームだ。
 7歳のヘイフラワーは就学直前というのに、家事の主役だ。それというのも、父親はイモの研究にとりつかれているし、ママは私は家政婦じゃないと外で働くこと夢想している。だから、台所も掃除も、そして妹キルトシューの遊び相手もすべてヘイフラワーの小さな両肩にかかっているのだ。でも、学校に行くと、家族がだめになってそいまうんじゃないか。それだけが心配だ。
 一生懸命、神様にお祈りするけれど、みんなさっぱりだ。たった一つの息抜きだった家族オリンピックで聖火ランナーをする夢も、みんなのずるで奪われてしまう。よーし、いい子でばかりいられない。私だって怒るぞ。さあ、家の大黒柱の反乱にみんな大変だ。
 幼い姉妹がとてもかわいい上に、子供らしい感情の変化などをしっかり表現しているのがいい。子供の映画だが、手抜きはない。パパ、ママは理想家、あるいは夢想家だ。現実ばなれしている。いるね、こういうミーイズムの団塊世代。でも、決して冷たいわけじゃないのだ。後の登場人物はおまわりさん2人に、隣のカラフル・ファット・シスターズ。この4人がいい。特に、カラフル姉妹、ユニークだし、それが決して自己チューじゃなくて、みんなの幸せを考えているから、ある意味で天使なのだ。
 フィンランドはムーミンの国だそうだ。本当に田舎だ。でも明るい。その昔、「ロッタちゃん」シリーズ(これはスウェーデン映画だった。クマじゃなくブタのぬいぐるみバムセが懐かしい)があったけど、どうして北欧は子供映画がうまいのだろう。感心する。さて、こんな映画を中年おやじが一人で朝早くから見に行くのは勇気がいりますね。

★★☆
*25 「TAKESHIS’」(北野武監督・主演。京野ことみ。岸本加世子。大杉漣。寺島進。美輪明宏)
 「世界の」北野武の12本目の監督作品。ベネチア国際映画祭でサプライズ上映された。北野監督本人を含め難解な作品と言うが、むしろ「入れ子構造」を少しだけねじらせていると理解すれば言われる以上に分かりやすい作品だ。
 今回は大物スター=ビートたけしと売れない役者=北野武の2人が交錯する。これは夢物語なので、あらすじを紹介するのは難しいのだが、2人のたけしが出会うことから、大物スターは貧相な後ろ姿に自分を見る。せいぜいピエロ役どまりの北野武はコンビニで働きながらオーディションを受ける日々。安アパートには伊達男と愛人が暮らしている。みんなに馬鹿にされる屈辱の中で、銃を手にした武は豹変し周りの人間を次々と殺戮していく。そして、武は包丁を手にたけしを刺殺する。だが、それはみんな幻だ。映画「灼熱」に出演中のたけしは、武のように銃を乱射して終わる。
 本作は北野武=ビートたけしによる北野武=ビートたけし殺し願望の夢物語である。夢の中の武=たけしは偶像化した自分をカリカチュア化していく。登場するのはピエロであり芸人であり、やくざであり、愛人であり、金であり権力であり、みじめな自分である。それを客観視するのだ。もちろん、中退した明治大学で学生運動の末端活動家であった自己を否定するように、ラストシーンではヘルメット姿の一団も射殺してみせる。映画はまるで浅草の場末の芸人の暮らしのような貧相な日常がしつこく描き出している。それは歪んだ自己像であると同時に愛おしい自己の時間の追想でもある。
 「その男、凶暴につき」から「ソナチネ」「みんな〜やってるか!」「HANA−BI」「BROTHER」「座頭市」など北野作品のおなじみのシーンがなんども繰り返される。出演者もおなじみの寺島進、大杉漣、岸本加世子らだ。新顔はたけしの愛人であり、隣人の女である京野ことみだ。京野は濡れ場もコントもこなし熱演しているが、本当は細川ふみえがいればなあ、と僕は思うのだけど(そりゃあ、問題が多いか)。役者は全員が何役もこなしている。それこそが、人間だとでもいうように。
 バイク事故に象徴されたたけしの自殺願望は本作で昇華されたのかどうかは不明だ。だが、あまりにも分かりやすいプライベート・フィルム(私小説映画)を作ってしまったのではないか。次の壁の大きさをどこまで超えられるかが楽しみではあるが。

★★
*26 「ヴェニスの商人」(マイケル・ラドフォード監督。アル・パチーノ。ジェレミー・アイアンズ。ジョセフ・ファインズ。リン・コリンズ)
 シェイクスピアの名作の映画化。ご存じの「1ポンドの肉は取ってもいいが、1滴の血も流してはならない」という法廷裁き。本作では自由都市ヴェニスにおいてすらキリスト教徒に排斥されていたユダヤ人の復讐の物語、そして家族の物語として描かれる。なによりもアル・パチーノの熱演が光る。
 貿易商のアントーニオはユダヤ人の金貸しシャイロックを憎んでいた。利子をとって金を貸すなどとんでもない、と。それは彼だけではなくキリスト教徒が多数派のヴェニスでユダヤ人は蔑まれていた。ある時、アントーニオの友人バッサーリオは求婚資金が必要となり、彼を保証人にシャイロックから多額の金を借りることになった。約束が守れない時は利子の代わりに彼の1ポンドの肉をもらうという契約で。突拍子もない話はアントーニオの船の難破で履行を迫られる。一方、シャイロックは娘が家出をするという不幸に見舞われていた。頑なになるシャイロックは裁判所に訴え出るが…。法の下の平等の概念と権利をどう裁くか。
 アル・パチーノは初老のユダヤ人を全身で表現する。過剰にならず、それでいて存在感は素晴らしい。ツバを吐きかけられる惨めさ、娘を失った落胆、復讐に燃える怒り。それらを見事に表現している。いわば、本作はアル・パチーノ=シャイロック=ユダヤ人問題がすべてである。サブテーマとしては「裏切り」とその傷の回復をしっかりと描いてもいる。花開く貿易都市の美しさをふんだんに取り入れながらも人間劇を楽しめる文芸大作。

★★★
*27 「ティム・バートンのコープス・ブライド」(ティム・バートン監督。声:ジョニー・デップ。ヘレナ・ボナム=カーター。エミリー・ワトソン)
 19世紀のヨーロッパの村の話。打算で「成り金庶民」と「貧乏貴族」の親が結婚式を挙げようとしていた。新郎ビクターは新婦ビクトリアに好意を抱いているが誓いの言葉をうまく言えない。それで森の奥で練習をしていて、思わず小枝に結婚指輪をはめてしまう。しかし、それが死体の花嫁(コープス・ブライド)だったから大変だ。あの世に連れて行かれて死者たちと過ごすことになった。ビクターはビクトリアの元に戻ることができるか?
 人形を使ったアニメ(ストップ・モーションアニメーション)です。ティム・バートンは奇天烈な美意識の持ち主だから、本作でも徹底的に倒錯した美の世界を作り上げます。なにしろ死者たちのほうが現世よりカラフルです。そして、腐敗しかけてウジムシがいるのに可憐な花嫁。骸骨になったのにお茶目な愛犬スクラップス(彼は芸達者だが、死んだふりだけはできない)。さらに、縫い物が上手なクモ。異形の者たちが繰り広げるミュージカルは摩訶(まか)不思議な快楽の世界である。
 本作は「チャーリーとチョコレート工場」と並行して作られた。声優も「かけもち」でジョニー・デップ、ヘレナ・ボナム=カーターが主役を演じている。魔界のほうが現世よりも生き生きしており、しかも純愛も育つという世界観はなかなか面白い。そこまで描ききって、現世を生きる若い2人に幸せをプレゼントするラスト。とてもいいのだ。

★★★
*28 「ブラザーズ・グリム」(テリー・ギリアム監督。マット・デイモン。ヒース・レジャー。モニカ・ベルッチ。レナ・ヘディ)
 「未来世紀ブラジル」「12モンキーズ」の鬼才、テリー・ギリアム監督が7年ぶりにつくったファンタジー。素材をグリム兄弟とその童話に求め、独特のドラマツルギーで紡ぎ上げてみせた。相変わらずのテンポの良さで楽しめる。トンデモ節は相変わらずだが、もっと破天荒なら、ぐんと面白かった気もする。
 ナポレオンの力によりフランスの支配下にあるドイツの村。そこで、悪霊ハンターとして勇名をはせていたのがブラザーズ・グリム。金をもらい、村人を悩ます神秘現象を解決して回っていた。しかし、実はペテン師だ。仲間とチームでトリックを使ってごまかしていたのだ。それがフランスの統治将軍にばれて逮捕され、本当に10人の少女が神隠しにあっている村に派遣される。そこは眠れる森の美女の住む場所だった。2人は少女たちを救い出し、村に平和を取り戻せるか?
 「赤ずきん」やら「白雪姫」「ヘンゼルとグレーテル」とか「眠れる森の美女」とか本当は怖いグリム童話も随所に織り込み、悪霊退治のメーンテーマにつながっていく。ブラザーズの兄役をマット・デイモンが演じる。いつものマットの癖顔が目立たないので、なかなかの好演である。それにしても惜しいのはモニカ・ベルッチだ。「イタリアの宝石」とか言われ、その美しさは並ぶべきものはないのに、なぜか「マトリックス・レボリューションズ」にしても、本作にしてもキワモノ的扱いなのだ。かつての「マレーナ」のように清楚でいながらセクシーなベルッチはどこに行ってしまったのか。
 
★★☆
*29 「イントゥ・ザ・ブルー」(ジョン・ストックウェル監督。ポール・ウォーカー。ジェシカ・アルバ。アシュレイ・スコット)
 カリブの真っ青な海で、ダイビング・インストラクターをしているジャレッド。生活に余裕はないけれど、彼には心優しい恋人のサムがいる。ある日、友人の弁護士がナンパしてきた女の子を連れて遊びにやってきた。4人で潜った海で偶然、巨万の価値がある沈没船と麻薬を大量に積んだ墜落機を見つける。しかし、海の中には凶暴なサメが回遊しており、陸の上には麻薬の売人たちや宝探しを支配している男などが跋扈しており、せっかくのチャンスも危険がいっぱいだった。ジャレッドはお宝を手にできるのかというお話。
 「いかにも」の海洋アドベンチャー映画。こういう作品の場合、主人公が死んじゃうことなど、まずはなくハッピーエンドが約束されている。ストーリーのパターンが決まっているとすれば、見どころは何か。海が主役ですから海中アクションや魚たちがどれだけすばらしく撮れているか? そして、登場人物(特に女の子)が魅惑の肢体でため息をつかせてくれるか、という点にあるわけだ。
 で、本作。海の中のシーンがとてもきれいで、しかも魚たちがたくさんでてくる。さらに、主役のジェシカ・アルバ、さらにアシュレイ・スコットの2人がそれぞれにいいのだ。特に、ジェシカ・アルバは「シン・シティ」で荒くれ男のマドンナとして注目を浴びたが、今回も南の海の女を情熱的に熱演する。水着でもカッコいいし、普段着でもセクシーです。今年は「アイランド」のスカーレット・ヨハンソンとジェシカ・アルバが旬という印象を深めました。
 映画の楽しさは難解な世界もいいけれど、こんな単純さにもありますね。

★★☆☆
*30 「エリザベス・ハーレーの明るい離婚計画」(レジナルド・ハドリン監督。マシュー・ペリー。エリザベス・ハーレー。ブルース・キャンベル。エイミー・アダムス)
 軽い映画第2弾で、スミマセン。「オースティン・パワーズ」や「悪いことしましョ」などで、ぶっとびキャラを魅せるエリザベス・ハーレーがまたしてもやってくれました。離婚をめぐるドタバタ喜劇を演じるとあって、そりゃあ、楽しみで見に行きました。もちろん、期待にそぐわずピッタリはまりました。
 アメリカのセレブの場合は、別れる場合は先に離婚通知を渡した方が有利になるのですね。映画を見るまで知りませんでした。テキサス(これはもう田舎で保守的)の法よりもニューヨーク(これはもう男女平等で進歩的。本当か?)の法で別れる方が女性はトクなのですね。それで、テキサス男の横暴に対抗するために、NY妻は逆襲するわけ。
 映画では妻と夫の戦いをメーンテーマに、その離婚通知を相手側に渡す配達人同士の鞘当てをサブテーマにしてストーリーが展開します。妻役の美女エリザベス・ハーレーはセクシーな肢体全開です。やりすぎなんて言葉はないようで、ミニスカートのカウガール姿で飛び回りますし、安ホテルに泊まるために胸を見せたり、バスローブ姿もなかなか魅力的です。なんか、こちらも得した感じになっちゃいます。
 おバカ映画ですが、随所に「テキサスの白人がニューヨークの黒人を脅すのかヨオ、この時代錯誤野郎め」みたいな批評やら、看板に「テキサスは電気イスのふるさと」みたいなジョークが飛び交います。笑いってのはそうしたラディカリズムの隣にありますね。お友達になりたいエリザベス・ハーレー(でもヒュ−・グラントとか大富豪がパートナーと聞くと、さすがにビビリますね)はもちろん、そうした、オマケのギャグトークのほうも楽しめます。鬱モードに入りつつある人やスカッとしたい人向きですね。

★★☆
*31 「ハリー・ポッターと炎のゴブレット」(マイク・ニューウェル監督。ダニエル・ラドクリフ。エマ・ワトソン。ルパート・グリント)
 ハリー・ポッターもシリーズ第4作。最初はなかなか面白いと思ったのであるが、内容が分かるに従い、「まあ、こんなものなのかな」という妙な納得が生まれてしまった。もちろん、よくはできているだけど、何か選ばれた人間の試練的な「ジコチュー」の物語が時々、癇に触るのだ。
 炎のゴブレットとは、魔法の杯。今回はハリーのホグワーツと北欧のダームストラング、フランスのボーバトンという三大魔法学校の対抗試合が舞台だ。だが、その裏では「闇の帝王・ヴォルデモート」の手先が陰謀をめぐらしていた。本来、17歳以上の代表戦だが、14歳のハリーがなぜか炎のゴブレットによって選ばれてしまうのだ。当然、ワナだわな。
  悪夢が現実になる。それは闇の帝王の力を示すものであるが、最終的にはハリーの予知能力のすごさを教えるものでもある。親友のロンに不正を疑われるが、ハーマイオニーなどいつものトリオは健在だ。今回はハリーたちが成長してきたためか、初恋も芽生える。それと同時に残虐さやセクシャリティーも顔をのぞかせている。役者たちは頑張っているのだが、なんか大人びている少年ぶりがアンバランスになってきている。キャストは今後どうするのだろうか。
 ハリーの初恋の相手は年上のアジア系の女性(たぶん)、チョウ・チャンだ。この役をケイティー・ラングという新人が演じているのだが、どうもしっくりこない。ついでに、ハリーとロンがクリスマスパーティーの相手に選ぶのはインド人(たぶん)ペアなのだが、これもあまり似合っていない。まあ、これは余計なお世話だろうが、青春ってのは概して自分に不釣り合いな対象を夢見がちだ。それは大抵実らない。
 魔法ってのは、夢見る力である。それは一挙に実現することなどあり得ない。だが、それを失ったなら世界はつまらないものだと思う。壮大な映像を見ながら、そんなことを考えていた。

★★★
*32 「イントゥ・ザ・サン」(ミンク監督。スティーブン・セガール。大沢たかお。マシュー・デービス。寺尾聰)
 「沈黙の…」シリーズのセガールです。なぜか最近は<極太>がキャッチフレーズですね。日本育ちの経験が生きたのかどうか、関西弁を使います。そして、日本映画じゃ、さすがにもう見られなくなった芸者衆のお座敷での踊りあり、桜満開の下での和服美人との指きりげんまんお約束、さらに東映ヤクザ映画なきあと北野武の「BROTHER」くらいでしか見られない組長襲名の儀式など、「なんだぁ、こりゃぁ」のジャポニズムが満載の映画をつくりました。馬鹿にしているのではなく、すごく貴重な映画です。30年くらいの時間を圧縮した現代日本の縮図と暗部を浮かび上がらせてくれていますよ。
 物語はCIAのエージェント、トラビス(セガール)は東南アジアの麻薬組織の撲滅工作を展開していた。日本では不法入国の外国人の一掃を掲げる都知事候補が射殺される。仕組んだのは中国マフィアの蛇頭と組む新興暴力団の黒田(大沢たかお)だった。黒田は水産加工を隠れ蓑に麻薬組織とも手を結び、金と暴力で闇社会のボスに成りあがろうとしていた。捜査の助っ人に駆けつけたトラビスはFBIと協力しつつ、黒田を追い詰めていくが、逆に愛する女性ナヤコを殺されてしまう。怒りに燃えるトラビスは日本刀を手に、黒田に恨みを持つ彫り師とともに、アジトに向かう。
 「人を斬りまっせ、ワシは」「バッキャロー」とセガールは任侠映画を地でいって暴れまくります。日本刀も手刀も包丁のように回転して、ヤクザを倒していきます。こんなトンデモ外国人が相手ですから、日本の役者も総崩れです。大沢たかおがニューやくざを怪演しているのをはじめ、寺尾聰、伊武雅刀、栗山千明、山口佳奈子、豊原功補などが妖しい太陽の帝国の住人になってしまいます。「日本って、外国人から見たらこんな国だったんだなあ」という驚きもあります。だらだら撮ったら、2時間以上になるところを1時間34分でまとめています。もう少し展開にわかりやすさが欲しいところですが、<極太>映画ですから仕方ありません。男の映画は太く短くというところでしょうか。ただ一つの疑問は、こんなジャポニズム映画を世界のお客が見るのかな、ということでした。

★★
*33 「エリザベスタウン(キャメロン・クロウ監督。オーランド・ブルーム。キルスティン・ダンスト。スーザン・サランドン)
 人生いろいろ。山あり谷あり。でも、沈む瀬もあれば浮かぶ瀬もあるということか。
 シューズメーカーの天才デザイナーの青年。一大プロジェクトで未来の靴の開発に成功して、大々的に売り出した。ところがである。大ヒットどころか、来るわ来るわの返品の山。10億ドルの損失を出して青年ドリューはクビ。思いつめて自殺しようとしたところに、父親の急死の知らせが飛び込んでくる。失意の中、ケンタッキーの小都市エリザベスタウンに葬式のために出発する。その旅の途中でミステリアスな飛行機の客室乗務員クレアに出会う。マチでは親類たちとの触れ合いに励まされ、クレアとの会話に落ち込んだ心は次第に開かれていく。そして、旅の終わりに彼は再生の鍵を発見するのだ。
 ロードムービーにして、にぎやかなミュージッククリップのように多くの音楽が青年の心の変化を映し出します。クレアは「地図女」。つまりは迷える子羊のために救いの道を教える天使です。そんな女性は普通いません。だいたい、負け犬転落中の青年を励まし導くために近づいてくる人はいませんよ。だけど、そこは映画です。徹底的に追い詰めた先に希望の光を灯すことで、人生の可能性を垣間見ることができるのです。
 主人公役のオーランド・ブルームは「トロイ」とか歴史もので活躍しましたが、本作でどん底に落ちる青年を好演しています。個人的には太っておらず、少し頬がこけているところがいい。相手役のキルスティン・ダンストはスタイルこそいいのですが、美人とは違う個性的なキャラ。「スパイダーマン」のメリー・ジェーンはどんどん大物になっていますね。そして、スーザン・サランドン。葬式で笑いをとって泣かせる独演の場面だけで、力量を感じさせます。
 映画は青年の再生を暗示して終わります。でも僕はこんなシュガーなラストでいいのかな、と心惑うのですが……。

★★
*34 「Mr.&Mrs.Smith」(ダグ・リーマン監督。ブラッド・ピット。アンジェリーナ・ジョリー。ヴィンス・ヴォーン)
 一瞬で恋に落ちることってありますよね。その逆もあるけれど。目と目が合ったその時から、フォーリング・ラブ。南米コロンビアのボゴタの事件現場で出会った2人は一気に結婚。だが、実は対立する組織の所属するスゴ腕の殺し屋であることを隠している。それから5、6年。2人は欲求不満の倦怠期。ある時、命令でそれぞれ同じ現場に赴かされ、2人はお互いの秘密を知る。正体がばれた場合は48時間で相手を消すことが組織の鉄則。ついに夫婦が銃を撃ち合う事態に突入した。だが、その背後には組織の陰謀が隠されていた…。
 ブラッド・ピットとアンジェリーナ・ジョリー。なんだか映画なのか現実なのか。この2人、共演してしまったのが縁で、すっかり夫婦同然になってしまったのだから、困ったものである(余計なお世話でしょうが)。役者としてはブラピのほうが、当然格上なのだが、アンジェリーナ・ジョリーの貫禄の前では、なんだかブラピもいい亭主に見えちゃうのが映画的にはまずいなあ。
 この映画は設定こそ、殺し屋物語であるが、実際はアバウト亭主と肝っ玉女房の倦怠期を迎えての夫婦げんかのどたばた劇である。ド派手なけんかの後に、夫婦円満になってしまうケースも確かにありますし。2人を消そうとする組織はさしずめお節介な取り巻き連中か。なんだかんだ相談相手のような顔をしながら、早く別れろよ、っていうのが案外本音でしょうから。
 私、ブラピのファンです。「リバー・ランズ・スルー・イット」なんかよかったですよね。若々しくて繊細さがあって。でも、このところすっかり肥えてきて、どうもスレンダーじゃないよね。「テルマ&ルイーズ」以来のイモっぽさは変わっていないけど、「ファイト・クラブ」なんかを見ると、私にはエドワード・ノートンなんかのほうがグンといいですね。今回も坊主頭もいいけれど、もう少しスリムでアクティブなブラピが見たかったですね。残念。

WEEKLY  TODAY'S CINEMA 4  2005~2006

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